<   2006年 06月 ( 5 )   > この月の画像一覧

アイエイケイ文字放送局試験開局

http://blog.goo.ne.jp/goojeftea
にて不調だった第二サブサーバーの代役局を開設しました。
[PR]
by youkeiexc | 2006-06-30 10:29 | IAKニュース | Trackback | Comments(0)

IAK労働組合一時解散へ

IAK労働組合は
http://blog.livedoor.jp/youkeilin/
で「メイド喫茶対応ページ」化の動きを受けそれに同意する姿勢を見せる物として労働組合の一時解散を宣言しました。

労働組合組長のピース師匠は
「そーか。とうとうウマが合ったか。」と言う事で今後IAKの「メイド喫茶対応ページ」の充実に協力するとし、今後は過激な行動に出ない事とするための一時解散宣言となりました。
ただ労働組合結成のきっかけとなった「プリキュア対応問題」を期に外部団体へ特定項目対応を任せる「第二アテンダント方式」が主流になるとIAKの形骸化が起こるためそれを防ぐ方の目的が強いのが関係者の意見のようです。
[PR]
by youkeiexc | 2006-06-20 23:26 | IAKニュース | Trackback(1) | Comments(0)

あゆかぶり〜愛内里菜が浜崎あゆみに絶対的に勝てない訳

今日久々にミュージックステーションをみまして…びっくりしました。
ある種、恐怖の競演でした。

http://www.tv-asahi.co.jp/music/contents/lineup/0843/index2.html
より

V6
平井堅
浜崎あゆみ
福山雅治
YUI for 雨音薫
宇多田ヒカル
愛内里菜&三枝夕夏(コーラス:スパークリング☆ポイント)

愛内里菜と浜崎あゆみが競演である。

愛内里菜については見た目が「あゆかぶり」な事は一部の方には常識的な事であろうか。そんな事は今はどうでもいいが、こんな推測が飛んでいた事だろう。
愛内里菜を売り出すに当たって「あゆかぶり」でやると浜崎あゆみファンが間違ってその曲を「あゆ」の曲と思いこみそのファンを愛内里菜のファンにできる。ところが浜崎あゆみよりあほではないのかそれが話題にならないせいなのか愛内里菜がチャート上で優位という感は全くない。むしろ苦戦しているに違いな意図すら思えてくる。

実を言うと倉木麻衣と同じレコード会社で倉木麻衣もにも似たような事例がある。
宇多田ヒカルだ。この件に関しては宇多田ヒカル本人も「私こんな曲出してないよ」と不思議がったという経緯がある。
ほかにもTRFとglobeがかぶっていたという事もあった。

何があってもバッタ物はバッタ物、本物は本物である。
本物からバッタ物ができてもその逆は通常無理としか言いようがない。
少なくとも浜崎あゆみのファンは浜崎あゆみの曲を聴くファンなのであってそれにムードの似た愛内里菜なんぞ相手にしている暇はないのだ。
よく音楽は「相対性」のものと考えているが
本物を聞くかバッタ物をつかむかという事においては「絶対的」なのである。
これにおいては本物が何をしているかをチキンと知るところから始まる事は言うまでもない範疇であろう。
[PR]
by youkeiexc | 2006-06-16 21:29 | ぶっちゃけリローテッド | Trackback(1) | Comments(0)

本棚公開

http://booklog.jp/users/beekei
に「ネット上の本棚」を開設いたしました。
[PR]
by youkeiexc | 2006-06-12 05:46 | IAKニュース | Trackback | Comments(0)

鉄のかたまりという言葉

今の「乗り物」という文明を否定する際よく使われた言葉が
「鉄のかたまり」である。

飛行機が墜落した。
自動車が大破した。
電車が脱線した。

ほかにも「鉄のかたまり」と例えられるものは多々あるが、
飛行機が飛ぶのも
自動車が走るのも
電車がレールに沿って進むのも
科学と人間の力で成り立っている。

とにかく鉄のかたまりという言葉は散切り頭までの文明開化にはついてこれたののそれ以降はどうでもいいという考えの持ち主がよく使う。
これは今すぐそういうものに頼る生活をやめろと言っているだけにすぎない上にそれまで成り立ってきた文明を否定している。そのうちこういう人が「やれどこかつれてけ」などという事が多くなるわけだから「全く近頃の年寄りはろくでもない」という言葉につきる。

そうは言いつつも日々の努力無くして平和な「鉄のかたまり」が紡ぐ文明はあり得ない。それは言うまでもないが、特にその言葉の標的になる交通機関、安全がおざなりになっているという話は多く聞く。何しろお客を乗せ乗り物を動かしてその対価をいただくのが営みである以上は安全に運営を図る事が必死である。それと同時に儲からなければ路線を廃止せざる得ない。お客が乗りもしないのに乗り物だけを動かす事は何もやっていないのと一緒である。
といったところでそういうものにも少なからず「それに乗らなければならない」需要と言うものがある。しかしその声というのは当然のごとく無視されてきた事は今に始まった事ではない。

安全と儲けは実は絶妙なバランスが成り立たないと両方とも達成できない。
安全のために儲けが吹っ飛ぶ事は企業として言語道断だし、
儲けのために安全は第二というのではその先は危うい。仮に今はよくても必ずその悪い事は起きる。
昔はどんな田舎でも軌道系交通機関を敷いては運営をしていた。時としてバス路線にはその名残があったりする箇所が全国にはたくさんある。今みたいに自動車を持つ人が多くなかったからどんなところでも線路が敷けたし、儲けも出していた。そういう情勢でないから今は厳しいという話になっているのだ。今の車社会を否定してそこから改革を起こす…つまり車に頼らなくても一定の生活が営む事ができる社会を作り上げる…にはまだまだ相当数の年月がいるだろうが、ハイブリッド車ではしゃいでいるうちは実現は絵空事である。とにかく事故を起こさないように儲けの一部を投資しなければならない。それは人員強化を含めての事でもある。
[PR]
by youkeiexc | 2006-06-03 21:36 | ぶっちゃけリローテッド | Trackback | Comments(1)