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ぴっちーバックス閉店

本日午後10時30分以降を持ちましてぴっちーバックスを勝手ながら閉店させていただくことになりました。短い間でしたが、ご愛顧ありがとうございました。
今後のため某掲示板との提携を予定しております。
「ぴっちーまいれーじメールサービス」を受け取ったことのある全ての方にはすでに告知のメールを送っておりましたが、これより閉鎖をしまして掲示板撤去作業に入ります。
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by youkeiexc | 2005-08-31 22:28 | IAKニュース | Trackback | Comments(0)

学校教育

各地で言われているが、学校教育は実は役に立っていない。それはもう今に始まったことではなく正味な話小生もその犠牲者と名乗っておこう。
ニートが多い。ニートはなんだかんだ。と言う話がよく出て学校教育がよくターゲットにもされる。しかしニートの場合は会社の環境が悪いと言うことも一因しているのでニートが増えたのは学校のせいであるとはすぐに察しをつけられないが、以前今の学校教育を受けたような奴らを採用するキハ毛頭ないという発言をしている企業が負あったぐらいだからまーそのせいにされるのも分からなくはない。
なぜなら…もう一度言う。学校教育は社会で役に立たない。
それは工業学校行って必ずしも工業系の会社で使えるかどうかは保証できないのだ。それに工場行って何か作業するくらいなら誰でも出来る。ただ「どうできるか?」であることぐらいだろうか。
今や大学いったものが高収入を取っていると言うこともあり得ない。何分大学は一時期レジャーランドと化しており、とても猛勉強していたという話を聞かない。

キャンパスライフ?

あほか!

あのなー大学は高校以上にいろいろ勉強するところだろ。


ついでにこんな事言える高卒マンセー

そもそも学校は勉強するところという前提があるにかかわらずそれが明白でないかそこが分かっていない。さらに悪いことに学校行って卒業したあとに「人生一生勉強」などと言われるからもっとたちが悪い。じゃあ学校が教えてくれたモノってなんなんですか。
ご回答待っております。
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by youkeiexc | 2005-08-30 14:33 | 教師バカギレ物語 | Trackback | Comments(1)

ざます族天下

最近学校をドラマにしたモノが「ごくせん」以来よく放映される。
ごくせんはドラマ版とアニメ版があるがどちらかというとドラマ版の方が好きだ。
ともかくごくせんは爽快感がある。
ところがそれ以降のモノが全てとは言わないが「保護者の親」が手でくるようなドラマにあの爽快感を全く感じない。むしろ絶望感を感じる。さてそういうドラマに手で来る保護者の親は良かれ悪かれいい服を着ている。それは金持ちであってもそうでなくてもである。
あまりに様相がよく「〜ざます」と言っていたおばはんを思い起こすので今日から「ざます族」と呼ぶことにした。
そのざます族、先ほどは金持ちを彷彿させると言った。これが少子化と言われているだけでなく低所得層がとうとう子供を産めなくなった時代、学校はざます族天下になる。

まず低所得層が子供を産めなくなるという話からすると、某所では結婚自体が大型ローンであると述べられている。事実そうである。さらにそこに…なんというか、別の言い方でビジネスを始めるに当たって集客が必要だが、それには自分の所を宣伝せねばならずその一つとして広告を出すと言うことになる。その広告費のようなモノである。
子供を育てると言うことは、ビジネスを始めるに当たってものを大量購入し、さらにそこに売るために広告を打つと言うことになる。
結婚しただけですでにお金が消えていく要素満載なのに、子供を育てるとなるともう一家の将来は子供の養育だけとなる。昔はそれも貫禄の一つというのか甲斐性の一つとも考えられ、さらには国からの支援もあったことだろう。しかしそれを見込める当てがなくなったのはもうすでに周知の通り。さらに結婚に至るまで給料何ヶ月文化分からないダイヤの指輪をかったとか海外旅行までいったとなれば…それで後々奥さんとなった人に知りに引かれたのではたまったモノではない。さらにここのブログでは何度も書いたが、その奥さんは旦那の愛より給料がほしいという有様…になってくる。新婚当初は「愛」だけで食っていきそうな勢いから一転するのだ。
そこへ子供となれば夫婦の中の明暗を左右することになる。
小生は結婚しないことを小学五年の頃から考えていた。たぶんそのときにはこんな理屈がこねられるほど考えは至っていなかっただろうが、あとで知ったが女性とつきあうことはお金がかかるのだ。これを愛というごまかしでカバーできるのか。不明だ。ひょっとしたらこんな御託をこねる前に本能的にそれを悟ったのかもしれない。

低所得層の人間が子供を産まなくなれば収入の格差が大きく広がる。国内全土ではその問題は割り切れないが、学校内ではそれが顕著となる。ほとんどが金持ちの子供でその残りがそうでない親の子供となる。さらにその子供のなかで…金持ちまたはそうでない関係無しに…似たような理論を感じ取ったとすれば…学校の絶対数が減ってくる。
それは過疎化で村がなくなるのと一緒の定理だ。

そして金持ちの子供しか学校に来なくなれば当然その親は「ざます族」であるから学校はざます族の天下となる。そして教育の改悪がさらに加速するという一見「風が吹いて桶屋が儲かる」と言う話になってくる。
ちなみに「風が吹いて桶屋が儲かる」は江戸時代のマクロ経済(大きな経済)の流れを表現したことわざであるが、これは教育の悪劣化と言うことである。これは公立の学校で行われる。
さらには公立の学校で学ばせるといい子に育たないとなり、日本の教育制度が崩壊をたどる。と言うことで私立だけの世界が広がる。これで日本の教育要綱通りにならない教師が増えその生徒が出来る。これが悪いともいいとも言えない。あれ?これはこれでもいいかなと思うが、憲法違反である。
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by youkeiexc | 2005-08-30 14:22 | 教師バカギレ物語 | Trackback | Comments(0)

IAKでは初のお題

今まで取り上げたことがなかったモノを発見した。
それはマナー。
あるところで発見した記事で今日はこれを書くことにした。
http://teo.cocolog-nifty.com/column/2005/08/off10_b688.html
http://kira-meki.at.webry.info/200508/article_11.html
後者の方には残暑見舞い代わりにトラックバックをさせていただく。

とにかく電車に関してのマナーで議論がつきることはない。
小生としては劣悪な車内環境をマナーで乗り切ってくれといっている風にも見えるが、とにかく通勤ラッシュは首都圏であれば満員電車。地方でも座れない人が多数発生する。満員電車であれば地べたに座れないのでそんなに咎められる数は多くない。しかしどこでもあるのが痴漢と携帯電話。
冒頭で取り上げたのは携帯電話の方だ。
電車に乗れば勝手に電源が切れると言うことだ。
携帯電話の電源を電車の中出来るというのは実際には相当貴重な方と思われるくらい車内で携帯電話を使っている人が多い。中には絶対に電源を切るわけにいかない状況の人もいればペースメーカーをつけている人もいる。だからといって「ペースメーカーつけている人」専用車両なんてあり得ないのが現在であり現実である。車いすに関しては最近特別スペースを設けている場合があるが、どうもペースメーカーをつけている人は外見的に「普通」の人であることが多く、どうもそういう対策を取りづらい。そうなればもっぱら差別という言葉がよぎる。いくら区別と説明しても納得しない人はいる。
さて携帯電話だ。携帯電話に関するマナーは実は進化している。
初めは車内で携帯電話で通話するなだったが
次に音が鳴らなければいいという範疇になった。
その逃げ道のようなモノでメールで「通話」と言うことをやっている人もいるのではなかろうか。ところが今度は電磁波が問題になった。そこから発展したのが電源を切ると言うこと。実際にJR東日本では電源を切るようにと注意している場合があったのではなかろうか。
早い話電車の中ではどんな話が来ても「電車の中だから」と許してもらいなさいと言う戦術をとろうと言うことか。しかしそれを許さないのかまたこの日本であり、電車でのマナーを守ったばっかりに「そんないいわけは聞かん馬鹿ちんが!貴様なんか首だ!」と言う人が居たりするのも事実ではなかろうか。そもそも便利さを求めた結果の自業自得としか言いようがないが、日本人であれば電車の中ぐらい静かでいたいと考えてるから携帯電話は電源をつけていること自体がマナー違反なのだろうとも思う。よその国の話をしてもしょうがないが、おしゃべりが好きなのでしゃべりたいようにしゃべると言うらしい。

マナーが一番の弱点としているところは人間の良心に訴えるだけという点である。
そのためとうとうそれに耐えかねて「電車内自動電源切」と言うことを考えついたのだろう。
だがちょっとまってほしい。それでいいのか?どうせ導入するならまず飛行機だろ。飛行機の方が電車より危ないことは周知のことだが、さらにあっちの方が機器類全てにおいて人命を預かるようなモノだ。さらに携帯電話等の電磁波は大敵という。やるならそっちにしろ。
だが、電車は仕組みは至って簡単。ぶっちゃけた話原理的にモーターがあれば動きブレーキが効けば止まる。電車に関しての電気機器は携帯電話の電磁波で狂うほどやわではない。何分数千ボルト…交流区間では数万ボルトを扱うわけだから携帯電話の電磁波で狂ってられない。
だがマナーである。
マナーが一番の弱点としているところは人間の良心に訴えるだけという点。
電車に乗っている以上は皆安心しきっているし危機感もない。だからマナーを守ることをしようとしない。マナーを守らないのはそういうことがあるのかもしれない。さらにペースメーカーをつけている人は大抵普通の人と一緒で外見から分からない。
「携帯電話使ってる奴ら、そこのおまえだ!おまえは殺人犯だ!わかってんのか」と言う脅しまがいのことを言って歩く人が居ない以上マナーを「守らないと死に直面するか危機に遭遇する」と言うレベルまでの意識にならない。
もしマナーが「守らないと死に直面するか危機に遭遇する」モノであったらみんな守っているはずである。電車のマナーがどれだけ軽んじられているかと言うことだ。

ちなみに「携帯電話使ってる奴ら、そこのおまえだ!おまえは殺人犯だ!わかってんのか」というのは実際の台詞は忘れたが実話である。幸い小生は携帯電話嫌いで電車の中では絶対に電源を切っていたのでそのおじさんに怒鳴られることはなかったが、おかげで大いに不愉快な気持ちになった。
「せっかく電化区間なのに乗ってる列車がディーゼルでしかも急行型わーいわーい」という人の旅情気分を概してもらいたくない。



マナーが徹底しないのは危機感より思いやりの問題なのかもしれない。
とはいえ自動で携帯電話の電源が切れるとなるとマナーを学べる人間は減ってくるのではなかろうかといろいろ考えてしまうモノだ。
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by youkeiexc | 2005-08-30 12:04 | ぶっちゃけ→他事騒音 | Trackback | Comments(1)

俺の人生は封印の歴史。

さて小生の昔話でとにかく良いことのない事と来たらなんというか、自分でもあきれる。
時には無理矢理「こういう自分に生まれてよかった」と自己掲揚していた事もあったが、どう考えてももうそれをやってもよい解決策にならない。

さてその中で数々あった事が自分の性格の一部を封じる事だ。
なんと他の人間に会わない性格に生まれたのだろうかと思う。
アレを封じそれを封じこれも封じ…
人にウケればよい意味で個性的とされるがそれ以外はやめろと言われる。
意志が弱いのか。
己が未熟なのか。
人が受け入れないのか。

よく幸せという言葉があるが、自分一人だけで完結する幸せは自己満足という。
一方で人間というモノは他に人が居て関わる事で人間というらしい。
人間関係で四苦八苦するようではそれは人間とは言わなくなるようになるかもしれない。

ところが最近テレビを見てむちゃくちゃむかつく事の一つに小生が「いけない事」として封印した性格の一つを大いに生かしている人のなんと多い事か。簡単に言うと民度の低さを悟られるような事である。
これを小生がやれば誰もがドン引き。
ところが有名人なら誰もが許される。
それが許せない。

たかが誰かが「それが気に入らない」の一つでその面を出さないようにしようとがんばったに関わらずそれがなんとか出来るようになったからと言ってまだ好みを受け入れるところはなかった。いや、とうとう見つからなかった。
そうやっただけ無駄だったのだ。


後悔するも人間…そういうところだけは合格点と言えそうだ。
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by youkeiexc | 2005-08-29 01:05 | 昔の話をさせておくれよーー | Trackback | Comments(0)

これが本音と建前なのか。

ここでモノを書くとき常に本音だ。
だから建前などお構いなしなので時として勢いで馬鹿発言を含んでいる場合がある。
しかし本音でしか書かないので、良きも悪きも本音でぶつかってくる人がいる。
「氏ね」って書き込みもあった。
本当に建前でモノを書いた覚えがない。正確に言うと建前という言葉がよぎった事がない。

さて、こういう話でなんだが、うちに不幸があった。
つまり親父が死んだのだが、
一方では「不幸せな家庭に生まれたけども、たくさんの子供と優しい奥さんに看取られて幸せでしたね」といい、
方や一方は「相当悔いのある死に方でしたよ。息子達が結婚もせず孫の顔も見せてもらえなかったんですから。」とまで言ったかどうかは知らないが、
頼むから「幸せな死に方をした」でとどめておいてくれ。
そう思う。心から。
親父に対していい感情を持つ事がなかった小生だが、大なり小なりあった。いろいろと。ただそれをうまい事言葉にする事はとうとう無かった。親父の方もそうする事はなかったと言われている。
小さな意味での「ありがとう」はあっても大きな意味でのその言葉を交わす事はなかったという事のように。
成仏してほしい。今はただ心からそう思うだけなので「方や一方」の台詞が気にくわない。

あとで…もっと言うと今日なのだが、それを本音と建て前という事に気づいた。
本音と建て前の格差の大きさを知れば知るほど恐ろしさが増してくる。
しかしそれは良かれ悪かれ日本で培われたモノで嘘を言っているわけではない。ここ数十年間、それを嘘だと言い切る分からず屋が増えてきたが、人の事を思う故に出来たモノである。とはいえ本音と建て前の格差が大きくなるにつれてます本音のどす黒さ。それを解放した日には大変である。
ところが今だ日本を的にする反日三兄弟と言われる三国は最近それの使い方を習得したようである。
見よ。反日三兄弟本音のどす黒さを。そのうちそのどす黒さが日本をむしばんでいくのが見えてしまいそうである。一個人レベルではそれをどうする事も出来ない。ただそうなってしまう日が自分の世代でない事だけを祈るのみである。

もう一度言わせてほしい。
知るよしはないが
親父は人並みの幸せな死に方をしたのだと思う。以上で述べた事の意味も含めて。
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by youkeiexc | 2005-08-25 00:57 | ぶっちゃけ→他事騒音 | Trackback | Comments(0)

昨日の話より

昨日は小生があった二度の長期のいじめについて話をし、さらにそこには小生を下に見るようになっていたクラスのモノの修正にちょっとだけ振れたような格好であったが、この「下に見る」と言う根本は様々であるが、ここでは小生が小学校当時、養護学級に通っていた事を話そうか。

あるプリントが配られた。それには養護学級に通うモノがクラスのモノに差別を受けていた。
養護学級なので何かがあると言う事で通っているわけだが、基本的には障害者が通うモノである。
つまり小生は小学校時分、障害者と言われる枠に入っていたのだ。
「枠に入っていた」だけと言っておこう。
手も両手両足ある。指は手足ともに10本ある。確かになかったらそれはそれで障害という事になるが、頭脳的なモノで障害と認定されていたようだ。別の言葉で言うと知恵遅れと言われる物であるが、実際小生がその頃にIQのテストをしたところなかなかの高得点を叩いていたともっぱらの噂だったらしい。しかし現実はそれと全く関係なく憂鬱な小学生時代を過ごしていた。やがては例のいじめというのか差別される事になっていくのだが、どう考えても養護学級に入っていなかったらそういう事にならないと当時は考えていたモノで親と養護学級の先生に辞めさせてくれといった事もある。さらにクラスの宿題と養護学級の宿題と通信講座の宿題付けになり…たとえて言うならばサラ金を3社ぐらい100万円ずつ借りてあとで支払いが滞っていたような地獄の状態があった。さらにクラスの方の宿題をやらなかったらそれはもう地獄の沙汰が待っていた。そんなに宿題なんか出来ないと養護学級の宿題の方がどんどんおろそかになっていった。小学校の憂鬱さはもっとほかにもあるが、これ以上はやめておく。

養護学級とは普通の学校の中にあり、小生の場合特定の科目の時だけそこに通うというモノであったが、これが5,6年あたりになると故意的と言っていいほど通えない日が多くなっていた。小学校の時間割はこの世で一番当てにならず、それがあるのに毎日日替わりのためその日替わりのモノと時間割で決めているのが合わないと養護学級に行く事は出来ない。そういう事を先生の方が完全に故意にやっていたと言う事だ。
無論養護学級に行けばその時間小生がいなくなるわけで、何かしらのよくない感情を抱く者もいたのであろう。
何分養護学級は障害がある奴が行くところと相場は決まっているから障害者を差別するような風潮の所ではどうなるかは言わずもがなである。

どうせなら養護学校へ行った方がまだましだった。
…と言いたいところであるが、小中高一貫して養護学校ならいいが、そこに中途半端になれてあとで普通の学校、転校したような形になったとしたら…。この悲劇の方が大きい事は容易に想像がつく。
よく世間は甘くないという人が大半であるが、甘くないを通り越して恐ろしいといった方がお似合いである。
そう、この世は甘くない。この世はどこでも恐ろしいのだ。
今の教育システムがどうなのかいざしれず、恐ろしい世の中を作る、また構成するための人間を今日も製造し続けている事であろう。これが「犯罪者」でないところがたちが悪い。

人間は恐ろしい。自分はどうなんだという矛盾を抜きにしても恐ろしい。
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by youkeiexc | 2005-08-25 00:35 | ぶっちゃけ→他事騒音 | Trackback | Comments(0)

先生俺が悪かったよ。

小生の人生を完全に狂わせたというのか振るわせた出来事を紹介する。
例によって悪い話だ。
小学校で二回も長期にわたる差別といえるべき事件に巻き込まれた。
両方とも女子からのものだ。やり方はごくごく簡単で小生の事を「汚い」と言って避けて通ればいいモノだ。簡単といえども小生を見るたびその都度「きたない」「けがれ」「よごれ」と言っていなければならない修行クラスに相当するモノだ。それをクラスの女子全員がよってたかってやるのだからそいつの人生の一度や二度、もしくはまかり間違って180度狂う事は請け合いである。それを一般的に言うと人間不信である。
今までどうしてそのような仕打ちを受けなければならないのかと理解に苦しみ、時にはそれを思い出すだけで寝込みそうになった事すらあった。ただここで助けを求めたのが先生だったためそこから大きな間違いが起こっていた。
二度ある長期の「仲間はずれというかいじめ」のうち一回ははっきりとした原因があり、完全な解決を見た。

変なモノをさわったと言うだけの事だ。だが、日本にはけがれ文化…というのかけがれは洗っても落ちる事は無いとされている。一時期はそれを環境団体に叩かれもしたモノだ。今は割り箸とかについての理解も得られると同時に「マイはし」を持ち歩く「見た目環境に優しい人」も出てきたが、それはどうでもいい。

ところがあとの一回は不明である。なぜにまた二年に及ぶいじめを受ける羽目になったのか。さらには小生がどうこうと言うだけで、ヒステリックを起こす馬鹿もいた。花とつく名字の奴。本名自体をさらし挙げたいところである。そいつを含めて殺しに行っておつりが来そうな奴は三人はいる。
刃物で殺ろうか。
ヒ素で殺ろうか。
ガスで殺ろうか。
何で殺ろうか。
考えるときりがない。
ところがそんなこいつらもとも久しくよろしくやっていた時期だってあった。
むしろ小生は女子が好きで男子が嫌いという状態がその以前であり、さらには恋愛寸前の近所の女子もいた。しかもその恋の行く末を占って「将来このふたりが結婚するが子供は無し」とまで占ったモノもいた。まるで某国の戦前みたいだなぁ。
それは一気に崩壊した。別に崩壊しても痛くもかゆくもない。恋愛寸前だったのだから恋愛はしていない。いたいのはそのあとだというのはさっき軽く紹介したとおり。

ところがこの問題、差別とは…と言う事を考えたら実はとても明快単純なモノだったのだ。

小生の事を下に見ていた。畜生以下の扱いをしていたのだ。


差別とは誰かを下に見ないと発生しない。そういうモノであったが、当時はやられている方なのでそこまでの考えまでに至る事はなく「早期解決」を願っていただけ。それではならんと先生に相談するも解決には至る事はなかった。当時小生にちょっかいを始め暴行やモノを取ったりする人間は山といた。そのたんび言いつけに行くので「いい加減に自分で解決しろ」という有様。さらには小生に暴行とかを加えている奴が言うのだから笑止千万。自らアホをさらしている事も請け合いであった。これで助けてもらう人がいなくなった。当然親に言ったところでまともに取り合うわけがない。ぶん殴ってやれとは言うがそれが出来手入れは誰かに助けなんか求めない。ひょっとしたらもっとひどい事になったいたと思う。
これで完全に人間自体をうざいと思うようになった人間の一丁出来上がりである。

先生ばかりに頼ろうとした僕が悪かったです。
だって先生に絶対に解決できない問題を持ち込んだんですから出来るわけがありませんね。
ここで一旦謝りますが、一生先生の事をもう一度見直そうとか、恨むのはやめようとかって言う考えはこれっぽっちもありませんカラーーーーーーざんねーーん!
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by youkeiexc | 2005-08-23 13:35 | 昔の話をさせておくれよーー | Trackback | Comments(0)

お歳暮代わりにどうぞノシ

大和魂インサイドのライズ・オフィシャルページ

結局ハピマテはどうにもなりませんでしたが、ちょっとうれしい事をラジオで聞きましたのでお歳暮代わりにお伝えします。ライズというクールなバンドがいたかと思いますが、彼らはしばらくアメリカに行ってました。理由は「日本でやる事が無くなった」との事。通常ならテレビに出て芸人にいじりいじられとか。しかしアメリカに行ったのは自らのためだったようです。なにせ「俺たちは音楽やってるんだ。芸人とお遊びなんかしてられるか。」と言う歯切れのいい啖呵。
そうですよ。音楽やってる人はそのくらい当たり前にしてください。偉いライズ!
ここのところ音楽でいい話はなかったんですが、もうじきライズが日本のために日本刀を振り回してくれると言う事で熱狂的なファンではありませんが、そういう人たちがまだ日本にいる事を誇りに思います。
以前よりライズはテレビには出ず、マスコミをゴミと言っていました。ひょっとしたらマスゴミと言う言葉はライズ発祥かもしれません。

さて今年はハピマテで「なんだよバーカばーか」と安置の方に苦渋を嘗めさせられる結果となった人、今度はさらに音楽の視野を広げる事にしましょう。
あのグレイとエグザイルがコラボレーションを果たしました。これを聞いたときには…買いに行きました。
まーなんて言うんですか、小生の場合アニメも音楽から入っていった輩ですから。音楽的視野を広げるのに小生はアニソンを聞くという手段に出ましたが、逆の方もいると思います。ここから年を越す数ヶ月まで、いろんな音楽を聴いていくと言う事もよし、本当にアニメは日本の文化といえるのかを再度確認して見るもよし。時には聞き疲れる事もあるかと思いますが、…それはそれとして音楽を取り巻く現状を勉強していくと今まで見る事が出来なかった事、感じる事が出来なかった事が山ほど出てくるはずです。
こういう風に書くとハピマテなんて馬鹿な事はもう寄席みたいな書き方になるなーそういう意味ちゃうよー。
アニソンを知っている人が他の音楽を聴けるようになると武器が一個増えるって言う話をしてるんだぞーー!
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by youkeiexc | 2005-08-22 23:20 | ハピマテを1位に | Trackback(3) | Comments(0)

外国でアニメが発達しなかったわけ。それと…

今なら細木和子氏が述べた「女に心はない」と言う理由がなぜかよく分かる。
いやその言葉の何かを感じられる。

さて日本には一部の人が恥としているもの、世界では結構名高いアニメという文化がある。
…という割りには日本のほとんどのアニメは日本全土で見る事は出来ないが、なぜかその日本において明らかな現状がある。日本の男はもてはやされていないという事実。
ちょっと待てよ。これってアニメが日本の男性がもてはやされないその一因に寄与しているという書き方になってしまった。が、それは心配ご無用。現実の女が心を求めていないのがその大本である。
女の求めているもの、一概にとは言わないにしてもまず顔。
次に中身以外の何か。
分かっているであろうと思うが、中身とは心の事。よく顔で何とも出来ない人はこの言葉を必ず用いる。そこから全ての間違いが始まる。中身なんてそれに剃った表現をしない以上絶対に見える事は出来ない。故に、オタクという人種がいる。…オタクという言葉自体はとても失礼な言葉であるが、敢えて用いる事にする。
えっ?このブログのどこかでも使っている?それは申し訳ない。ただ失礼な意味で使った覚えはないのでご了承願いたい。中身が見える人たちだらけであればそもそも伝えるための言葉は必要としない。しかし中身が見えないのでどうしても言葉がいるのだが、その言葉の半分は信用のおけない言葉である。それのいい例として一度何かをやらかした奴が1000回誠意を持って謝ってもなかなか通じない。むしろ遮断されてしまっている。さらに言うと実際に自分は儲けている手法を紹介しても信用されない。
言葉がどれだけ軽んじられているか。

ところが見た目がよければどんな言葉でも一発で通ってしまう。例え裏に悪意があったとしても通過しやすい。だませるのである。見た目が悪い奴はどうなるのかというと、「一度何かをやらかした奴が1000回誠意を持って謝ってもなかなか通じない。」様な状態と似たものになる。
見た目がだめでも中身以外の何か…お金がある人とかがお金にものを言わせる事がある。実際にその手は使える手なので持っている人はあるだけその力を使う。
じゃあ次に何があるのかと言えば…それは分からない。
私の特技はこれです…って言ったって会社の面接じゃああるまいし。

見た目とお金というものに…さらには高学歴という男にとっての地獄の三条件がバブル期あたりに確立してしまった。一部ではやはりこれからは心で通じ合いましょうということが言われていたが、「電車男」と言う事件を目の当たりにしてそれはあっさり否定されるようになったのかもしれない。何せ助けてもらったから私とつきあいなさいですよ。さらにはティーカップで買収。落とし物を拾ったんじゃあるまいし。

ティーカップを贈ったあなたは
遺失物法で言うところの遺失物ですか!



さて日本にはアニメオタクと言われるそれ以外の人たちに迫害という憂き目を強いられている人たちがいる。
最近はその中に萌えオタクとか言われている人たちもいるが、外国にはそういう人たちはいない…と言いきるわけにはいかないが、「女より自らの趣味」を取った者達がいる。それが日本においては伝染病患者のような扱い。さらには脱オタさせる事がよい事とされている。
ここ数年前に心の時代とほざいた人は誰ですか!
もし、その人の事を理解するのであればその人の趣味にも理解を示さない以上、何も成り立たない。

女が理解せず求めるだけになってから対象が日本の男から外国人にすり替わっていった。
そのときから日本の男の悲劇は始まっていたのかもしれない。
それと今日のアニメの発展は関係ないが、影響は及ぼしているとは思う。なにせいまだにアニメを見ている人間は女にもてないとされているからだ。
一時期「萌え」アニメの乱発に危機感を感じていたが、未だ続くアニメオタクの迫害を知り、未だ顔と金品がない以上女性といい仲になれない事を知り、それを理解できた気がする。

さて外国でこういったたぐいの事が起こっていないのはまだ「男は男らしく」「女は女らしく」が生きているそうだ。
思考も明快で「男は男らしく」「女は女らしく」で異性を探す人もいるようである。「何々らしく」というのはその体をなしているものを指すのだからさすがに外見で終わりというわけではないようだ。絶対とは言えないが。
外国では日本の女性みたいに「外国人に」ちやほやしているという話をなかなか聞かない。いや、報道されていないだけかもしれないが、とにかく聞かない。
外国でアニメが発達しなかったのは単純に必要とされていなかったと言うべきだろうか。
よく絵画で知られるところで絵のうまい人がアニメに携わる事はないだろうし、アニメ留学はいまだにいない。

…と言う事でこれを見ている外国の方、アニメ留学しましょう。
いるかなー…いないだろーなー
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by youkeiexc | 2005-08-22 22:22 | ぶっちゃけ→他事騒音 | Trackback(1) | Comments(2)