カテゴリ:昔の話をさせておくれよーー( 9 )

むかしさぁあの「くそばばあ」があんなことをいってたんだYO

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%A0%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99
が放送されていたことの話なんだが、花何とかって言う名字の女がいて
あっそれって小学校のころの花○死ね。いやいや話ね。
そいつらがあまりにも俺に当り散らしまくるというのか、数人で俺の事囲んでは何だかんだ説教釜してたわけ。半ば日課的に。もちろん誰も助けてくれない。っていうかそいつら全員で「誰かが助けてくれるなんて思ってんじゃねーよ」っておまいらチンピラか本当に。とにかく小学校のころの女子にろくな奴はほぼいなかった。これで後でまわりの男子にいじめられてまわりの女子にこんなんされてたら人間不信か、自殺街道まっしぐらは確定だ。
で、囲まれててもいっつもだんまりを決め込んでたわけ。何も言い返す言葉が無かったから。そしたら
「あんたいっつも無視するんだったらテレビの番組に投稿してやるわよ」なんていいやがんだよ。
じゃあやっちまえばいいじゃねえか。
どのみちあんたは恥をかくと思うんだがな。
それにその女の俺に対するヒステリックな感情は目に余る物があった。
こうなると一種の恋愛衝動だな。
そいつはこうも言っていた。将来自分に子供が生まれたら「こんなクソ男がいたことをきちんと教える」ともいってた。これは驚きだ。将来にも渡って俺の事を宣伝してくれるそうだ。そりゃああんた違う意味で今の俺にとっては思うツボなんだが。

こういう奴を一言で言い切るとなんて言うかというと、馬鹿女と言います。
あーたのしかった。
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by youkeiexc | 2008-01-06 23:10 | 昔の話をさせておくれよーー | Trackback | Comments(0)

強制恋愛

つい最近まだ二十歳にもならない奴にいろいろと聞かれたのだが、
女の子に興味は無いんですか?とか
パチンコとかしないんですか?とか
タバコとかお酒とかは?などなどと言うことについて聞かれたりしたんだがこの四点に対してはきっぱりとこういいのけた。

女の子に興味はない。
パチンコなんかしないよ。
タバコなんて吸うわけないじゃん。
お酒は飲めないの。

どうも一般的に「酒タバコ女博打」が日本人男性たる四大要素のようである。
はっきり言って小生は軟弱者なのだ。

中でも女の子に興味が無いと言うことでそうなった理由は無いが成り行きだけを一点だけ説明した。
それはクラスの全ての女子にほぼいじめという言葉が適用できるような状態、完全にそうだった状態だったのだ。それが僕に「不婚宣言」をさせるに二十分な理由をもたらした。半ば人間不審の状態に至っていたのかもしれない。
その前にこういうことをさせられていた。
それは強制恋愛。
学年が変わるごとに連絡表というクラス全員の住所から電話番号まで乗っている名簿を渡された。その中から
「この中から誰か絶対一人選べ」と迫ってくる奴がいた。
厭だといえば「いないはずはない」とそれこそ選ぶことを強要してくる。
後は選ばせた奴のやり放題。ばらすぞとかなんとか言いまくって不当な扱いをしてくるのである。当然無理矢理選ばされた奴と恋愛気分になった事もないしその覚えもない。まーそもそもありえない事をやらせているのだから当然の事である。しかし借金の名義がしのように事態は悪化するばかり。それが女子全員に不当な扱いを受けるに至ったかどうかは今や不明であるが、あれがなかったらそれこそそんなこともなかったんじゃないのかと思われる。
ぼくが「いじめられる」のは運命づけられていたようなものである。

さて一時期は「不婚宣言」を解除しようとしたことがあった。それは小学校で受けた傷が少し癒えたような状態までになった中学三年あたりぐらい。ほとんどの女子が「恐い」と言う印象を持っていた中、一部の女子と部活とか何かの活動を一緒にすることがあった。時には女子の中に男が一人という当時の僕としては小っ恥ずかしい状態すらあった。しかし純粋に何かをするための仲間という考えであったので不純な考えなど霞めた記憶が無い。しかしこの心地よさはたぶん当時としては後にも先にも味わうことは無いと確信してもよかった。
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by youkeiexc | 2007-01-02 19:26 | 昔の話をさせておくれよーー | Trackback | Comments(0)

適材適所ではない。

どうしても周りの人間と合わない。

よく職場では適材適所という物があるがそれはごく一部の人間に限っての事であり、大抵の場合はその場にいる人間が醸し出す雰囲気に合うか否かで決定する。もしその雰囲気に合えばその後の仕事はがんばりだけで続けていく事が出来るはずである。たがその雰囲気に合わなければ結果は知れている。
そういう事である職種の人間に対して一定の先入観があるのはそういう事では無かろうか。
言葉遣いの悪いとび職や闇金融の方々とか。
ただそれに関しては理由があり、
先輩に丁寧な言葉で危険をしらせる下っ端のとび職。これはたぶん自分がけがをしているかも知れない。危険を知らせるのに先輩も後輩も無かろう。
お客にきれいな言葉で取り立てをする闇金融の方。いつまでたってもお金返してもらえそうにないばかりか弱そうに見られて嘗められていたりして…。
とにかく職業上必要である場合もある。それが嫌ならその世界に入らなければいいだけの事であって入って後悔するのはお門違いである。
一歩先ゆく才能が特にない場合はどうしても周りの人間に慣れないと最悪仕事もさせてもらえなくなる。これが会社に勤める事の第一関門的リスクといえよう。さらに給料を減らされるという日常が覆い尽くしているのであれば広い意味で在宅ワークを考える人は今後どんどん出てくるだろう。

ところが上司がいつも怒鳴りっぱなしで他の人はいつもうだつが上がらないように見えてしまう場合もある。さらに部長でもなんでもないのに実質権力を持っていた場合…ここではそれこそたちの悪い物はないと言っておこう。いつも戦々恐々である。
またそういう人に限っていろいろと引っ張るネタが出てくるんですよねぇ。大抵「気づかないのがおかしい」って言うんです。入って数ヶ月たったところで早々簡単に一人前ぶれる訳も無かろうに。さらに自分ではどうしようもないと思っていても誰に頼んでいいかも分からないとか何とかしているうちに怒鳴る。ある工場に勤めていた頃の話です。某ブロクでも工場勤めでいい話は聞きません。何事もなく出来ていると感じているうちはいいのですが、やたら進歩を求めてくる。そもそもそういわれている時点で手遅れですから怒鳴られたら負けです。
それはそれとして、どうもそこの先輩方となじめないような気もしていました。これでやめたらどう考えても人間関係のみで辞めたって事になるんだろうなー…。

結局結論として雇われたら負けかなぁ。
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by youkeiexc | 2005-09-17 00:59 | 昔の話をさせておくれよーー | Trackback | Comments(0)

俺の人生は封印の歴史。

さて小生の昔話でとにかく良いことのない事と来たらなんというか、自分でもあきれる。
時には無理矢理「こういう自分に生まれてよかった」と自己掲揚していた事もあったが、どう考えてももうそれをやってもよい解決策にならない。

さてその中で数々あった事が自分の性格の一部を封じる事だ。
なんと他の人間に会わない性格に生まれたのだろうかと思う。
アレを封じそれを封じこれも封じ…
人にウケればよい意味で個性的とされるがそれ以外はやめろと言われる。
意志が弱いのか。
己が未熟なのか。
人が受け入れないのか。

よく幸せという言葉があるが、自分一人だけで完結する幸せは自己満足という。
一方で人間というモノは他に人が居て関わる事で人間というらしい。
人間関係で四苦八苦するようではそれは人間とは言わなくなるようになるかもしれない。

ところが最近テレビを見てむちゃくちゃむかつく事の一つに小生が「いけない事」として封印した性格の一つを大いに生かしている人のなんと多い事か。簡単に言うと民度の低さを悟られるような事である。
これを小生がやれば誰もがドン引き。
ところが有名人なら誰もが許される。
それが許せない。

たかが誰かが「それが気に入らない」の一つでその面を出さないようにしようとがんばったに関わらずそれがなんとか出来るようになったからと言ってまだ好みを受け入れるところはなかった。いや、とうとう見つからなかった。
そうやっただけ無駄だったのだ。


後悔するも人間…そういうところだけは合格点と言えそうだ。
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by youkeiexc | 2005-08-29 01:05 | 昔の話をさせておくれよーー | Trackback | Comments(0)

先生俺が悪かったよ。

小生の人生を完全に狂わせたというのか振るわせた出来事を紹介する。
例によって悪い話だ。
小学校で二回も長期にわたる差別といえるべき事件に巻き込まれた。
両方とも女子からのものだ。やり方はごくごく簡単で小生の事を「汚い」と言って避けて通ればいいモノだ。簡単といえども小生を見るたびその都度「きたない」「けがれ」「よごれ」と言っていなければならない修行クラスに相当するモノだ。それをクラスの女子全員がよってたかってやるのだからそいつの人生の一度や二度、もしくはまかり間違って180度狂う事は請け合いである。それを一般的に言うと人間不信である。
今までどうしてそのような仕打ちを受けなければならないのかと理解に苦しみ、時にはそれを思い出すだけで寝込みそうになった事すらあった。ただここで助けを求めたのが先生だったためそこから大きな間違いが起こっていた。
二度ある長期の「仲間はずれというかいじめ」のうち一回ははっきりとした原因があり、完全な解決を見た。

変なモノをさわったと言うだけの事だ。だが、日本にはけがれ文化…というのかけがれは洗っても落ちる事は無いとされている。一時期はそれを環境団体に叩かれもしたモノだ。今は割り箸とかについての理解も得られると同時に「マイはし」を持ち歩く「見た目環境に優しい人」も出てきたが、それはどうでもいい。

ところがあとの一回は不明である。なぜにまた二年に及ぶいじめを受ける羽目になったのか。さらには小生がどうこうと言うだけで、ヒステリックを起こす馬鹿もいた。花とつく名字の奴。本名自体をさらし挙げたいところである。そいつを含めて殺しに行っておつりが来そうな奴は三人はいる。
刃物で殺ろうか。
ヒ素で殺ろうか。
ガスで殺ろうか。
何で殺ろうか。
考えるときりがない。
ところがそんなこいつらもとも久しくよろしくやっていた時期だってあった。
むしろ小生は女子が好きで男子が嫌いという状態がその以前であり、さらには恋愛寸前の近所の女子もいた。しかもその恋の行く末を占って「将来このふたりが結婚するが子供は無し」とまで占ったモノもいた。まるで某国の戦前みたいだなぁ。
それは一気に崩壊した。別に崩壊しても痛くもかゆくもない。恋愛寸前だったのだから恋愛はしていない。いたいのはそのあとだというのはさっき軽く紹介したとおり。

ところがこの問題、差別とは…と言う事を考えたら実はとても明快単純なモノだったのだ。

小生の事を下に見ていた。畜生以下の扱いをしていたのだ。


差別とは誰かを下に見ないと発生しない。そういうモノであったが、当時はやられている方なのでそこまでの考えまでに至る事はなく「早期解決」を願っていただけ。それではならんと先生に相談するも解決には至る事はなかった。当時小生にちょっかいを始め暴行やモノを取ったりする人間は山といた。そのたんび言いつけに行くので「いい加減に自分で解決しろ」という有様。さらには小生に暴行とかを加えている奴が言うのだから笑止千万。自らアホをさらしている事も請け合いであった。これで助けてもらう人がいなくなった。当然親に言ったところでまともに取り合うわけがない。ぶん殴ってやれとは言うがそれが出来手入れは誰かに助けなんか求めない。ひょっとしたらもっとひどい事になったいたと思う。
これで完全に人間自体をうざいと思うようになった人間の一丁出来上がりである。

先生ばかりに頼ろうとした僕が悪かったです。
だって先生に絶対に解決できない問題を持ち込んだんですから出来るわけがありませんね。
ここで一旦謝りますが、一生先生の事をもう一度見直そうとか、恨むのはやめようとかって言う考えはこれっぽっちもありませんカラーーーーーーざんねーーん!
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by youkeiexc | 2005-08-23 13:35 | 昔の話をさせておくれよーー | Trackback | Comments(0)

暗い話モノだと思ってください。

たいてい「昔の話をさせておくれよーー」のカテゴリーで話す事は暗い。
暗い話しかしないというのか、暗い話しか出てこない。
それを忘れるためにはいろいろとやる事があればいいが、それが無くなったとき、ふとそういう念が頭をもたげる。

そんな暗き人生の中で見えるようになったモノがある。
「こうすると怒られる」と言うパターン。
こんなモノが見えるようになった時点で人生半分終わったようなモノ。こうなると会社勤めがおっくうになってしまう。
怒られると言ってもひたすら怒られる。
若い頃にはそれがただの苦痛でしかない。これはこれで致し方ないモノなのだろう。
怒られるのになれてくるとそのうちパターンが見えてしまう。それは人によってそれぞれなので…また旨い事説明が出来ないので詳しく言わないが、とにかくそういうモノが見えてしまう。
だからといってそれが学習能力によるモノでもない。実際会社を転々として怒りっぽい人間に弱い事が分かった。個人的であるが、大抵それで辞めている。もっと穏やかな風にならないモノなのか。無理と分かっていてもそれを求めてしまう。
そのうち処世術を身につけてそれで世の中を渡る人間になっていくようなモノだが、…今まで入って辞めた会社で何か無かったモノをあるとき発見した。
仲間意識。
もっと平たく言うと誰かに大切にされる事。
それがなかったし、見いだす事もなかった。ひょっとすれば自分からそれを謝絶していたかもしれない。しかし世に言うところ、もしくはマスコミ的なところの仲間意識を感じる事はなかった。もしかすればまだそこまでにたどり着く状態に至っていなかったかもしれないが、今ではもうそんな事は分からない。
仲間って何だろうなぁ。
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by youkeiexc | 2005-08-13 14:36 | 昔の話をさせておくれよーー | Trackback | Comments(0)

ある友人の話


昔「意志の弱い人間」とよくいわれたものだがそれで思い出したのがある友人のことである。
いま、この友人とは一切の付き合いはない。

小学生終わりごろに遊び仲間となったが、中学に入ったとたんに豹変した。
よくあるとはいえ、なぜか中学になったとたんに豹変する人間が小生の周りには多かった。むしろ豹変しないほうがおかしいくらいの比率であるが、この友人も例に漏れず。
中学二年のころにその友人がおかしなことをしたことがあった。
ある用事のために数万円のお金が入っていたかばんを「預かる」といって出て行きちょっとして戻ってきた。そのあとゲーム三昧、物買いまくりしていた。ゲーム三昧のときには一緒になってゲームしていた。気は向かなかったが。

後でわかったときにはすでに遅かった。このまま聞けば巧妙な集りである。
まさか友達にそんなことをされるとは思わなかったが、なぜかその後も友人関係は腐れ縁のように続いた。
ゲーム三昧した後によせばいいのに一緒に電車で遠出した。このときのお金も例の「かばんに入っていた」その数万円だったらしい。その後に言われたことが「意志が弱い」といわれたことだ。今考えるにつけてその発言の意味がわからない。友達としてついていくことぐらいは意志とかの問題ではないような気がする。第一まさかかばんから引っこ抜いたお金などと気づくよしもない。
もっとわからないのはそれがあったのに友達関係が続いたことである。
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by youkeiexc | 2005-08-13 01:46 | 昔の話をさせておくれよーー | Trackback | Comments(0)

いやな上司のところの班へ行かされる話

高校卒業してすぐの職場で数年したある日、ある人にお酒を勧められる羽目になってしまいました。
羽目って言うんですから、当然僕はお酒が飲めません。
それ以来悪い意味でその人に目をつけられるようになります。
最悪なときにはその人のところへ行かされて…
もーなんて言ったらいいんでしょう。シャレを通り越して言葉になりません。

最悪という言葉はこういうために用意されている物だとつくづく実感するばかりです。
俺には神様がついてないのかーい…。

今でもそういう感じな人の前では自分が変になります。「いつもの普通の自分」を保ってられないんですね。
自らの人生を通して見るとなんか本当にこき使われてるだけの状態は全くとして変わらないなーと思い、そして人生的に進歩のなさを実感してしまいます。
できれば数年後「昔の話をさせておくれよー」と言ったときにいい話をしたいと思ってます。
現状では無理そうですが。

僕が独り言をほざいてしまうときのせりふで
「もーねーなんて言うの…」と言うのがあるんですが、大抵悪い話です。
最近気づいたわけですが、たぶん昔っからそうだったと思います。
悪いと言えば、ここ数年仕事運がついてないというのか見放されてます。
前の前のバイトでは職場閉鎖で解雇、前の警備員の時には仕事がこなくなってしまい致し方なくやめる羽目になりました。そして今「いやな上司のところの班へ行かされる」と言う事が起こってしまいました。

そんなわけでたぶん今日も悪い話を思い出した頃には「もーねーなんて言うの…」と言っている事でしょう。
もうちょっとましな人生あゆめんのかい俺は。
と言う事でそろそろ在宅ワークを…。
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by youkeiexc | 2005-02-09 22:20 | 昔の話をさせておくれよーー | Trackback | Comments(0)

「感じる」と言う言葉を失っていた頃

「感じる」とは、
「わけは出てこないが、分かる」と言う事でそのスピードはものすごく速い。
その速さは人によって音速以上の場合がある。

さて、一時期「感じる」と言う言葉を失っていた頃があった。
日々考える事ばかりしかやっていなかったように思う。
それは、他人にどう答えようかとかを考えていたのだろうと思う。
答える言葉が無かったら何も喋れないので、相手には「無視された」といろいろゴタゴタ言われると言う状態であった。
また「感じる」ままに言葉を選ぶと非常に危険な事もあった。相手にその言葉で揚げ足を取られるのだ。
もし、この頃に感じるままに何かをすると言う事になったらそれ自体がものすごく致命傷となっていただろう。

とはいいつつ、日々相手に虐げられる日々を詩にしてみる事はやっていた。
だが何故か最近は詩を書かない。
むしろ書く必要が無いのだろう。
大抵悲しい思いをした日に詩を書いていたからだ。
今はそれとちょっと無縁になったので…それからなのだろう。詩を書かなくなったのは。

それよりももっと昔の小学校で始めて作文が書けるようになった。
それからの日々の文章で多く見付けたのが、「思う」と言う言葉。
「僕はナニナニだと思う」と言った感じだ。
普通は小学校からでも作文を書きなさいと言われれば普通に書く。
が、僕の場合全くそれができなかった。
理由は分からない。悪い風に「心の中が空洞」だったのだろう。
また書けと言われて出されるお題には絶対に答えられない。
でも自由に書かせてくれるといくらでも書いていた憶えはある。

あっ、そう言えばこの文章「だろう」が多いなぁ。
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by youkeiexc | 2004-12-02 21:20 | 昔の話をさせておくれよーー | Trackback | Comments(0)