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只の「移動」手段に成り果てたか

今年は新幹線派似とっては嬉しい年で、その地域に住むいわゆる「並行在来線沿線民」の方々にとっては後で踏んだり蹴ったりになるのではないかと思われる苦難の日々の始まりではないかと思われる。

ネタのもとにした所

そもそも鉄道といえども一交通機関のひとつなのであるから、それと同時に移動手段のひとつである。しかし鉄道にはそれを忘れてしまうほどの付加価値がたくさんついてしまった。新しい車両が入ることで物見遊山的な乗車を考えたり、また逆に廃止されるときにも同様のことが起こる。他にも多くあるのだが、バスの新車が入ったからといって大きなニュースになったことを見た覚えがない。これはただ知らないだけなんだろう小生が。しかし鉄道となるとことが違うのは言うまでもない。
しかし「ただ使う人」にとっては移動手段がたまたま鉄道だったに過ぎない。
こうやって斬られると「鉄道ファン」又はそれ以上のレベルの輩としては、身を引き裂かれる思いに近い。ネタのもとにさせていただいた記事の中で「只の「移動」手段に成り果てたか」という言葉は小生としては如実にその思いを表している言葉であると受け取っている。
そもそもJR自体が「営利団体」に成り果てているくせに国鉄時代の悪い風習はしっかりと残っている…だけならいいが、JR東海は大の機関車嫌い。
世界に名だたる新幹線持ち
であると同時に
世界に名だたる機関車嫌い
でもある。
小生は広島県民なので「広島側」から見た話をすると、あさかぜも、さくらも、みずほも、あかつき、ふじ、はやぶさなどの「九州行きブルートレイン」が全廃になったのはJR東海のせいである。…そう思っているし、現にそういうことだから廃止されたという話だって聞く。そうでなくても500系新幹線がJR東海のせいで「のぞみ運用」から外されたもの有名な話じゃあるまいか。あんな迷惑な鉄道会社はないんじゃなかろうかと思う。さすがトヨタのお膝元に本社を置く会社はどうかしてるぜ。あっ名鉄はそこにかぶってないよ。

でなくてもJRは本気で鉄道を愛している会社なのか??
小生はそう思っていない。可部線の非電化区間が廃止されたときから(2003年11月30日)JRにはいけ好かない感情を抱いてきた。ただ山陽本線広島地区にのみ限って言うと入らないであろうと思われた新車を導入してくれたので「國鐵廣嶋」なんて言い方はしばらくしないでおこうかと思うけど、数年来はまだまだ「末期色」の活躍があるのでそのお世話になるのだけは間違いない。
115系3000番代でN編成は好きだけど。

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by youkeiexc | 2015-03-19 09:21 | とれいんスピリッツ | Trackback | Comments(0)
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